Asahi's notebook

大麦小豆二升五銭

家探し

 現在某古都にて、住む家を探している。
 どうやらイギリスでは日本のワンルームマンションのようなものはそう多くなく、留学していたときに経験したようなフラット形式が一般的なようだ。あのときの学生寮では比較的スペースに余裕のあるキッチンが付いたリビングルームと、トイレ及びシャワールームが各2つずつ。これらが共有スペースで、あとは各々のベッドと箪笥、机が入った個室が6つあった。ちょうど男女3人ずつの、非常に雰囲気の良いフラットだった。
 今いる場所は、新旧の市街が分かれ、鉄道駅周辺の商業・観光区域から少し外れると、住宅地はかなりの範囲に広がっている。正直なところ、ネットで地図を見ながら中心部まで何マイル…などと言われたところで、実際の生活感覚など湧くはずもない。
 
 だからというわけでもないが、天気の良い昼や夕方には、あちこちをぶらぶらと歩き回っている。
 以前にも何度か来たことがあるから、中心部はわかる。しかし目的なく落ち着いて歩いてみれば、知っている道と知っている道が、思いもよらぬ形で繋がっていたことに意表を突かれることはしばしばある。
 もちろん観光地から外れた地元の人々の生活圏にはほとんど足を踏み入れたことがない。観光で来ているのではない今回、用があるのはこちらである。
 ネット上に多くの物件が出ていた、海辺の方角へと歩いてみる。バスで15分などと言うから、そう大した距離でもなかろう。京都でも夜が遅くなったときは河原町駅から大学の近所にある自宅まで、そのくらいの距離を歩いていたはずだ。
 いちいち携帯を取り出して地図を見るのも億劫に感じ、適当にまっすぐそうな道を選んでずんずん進む。少しずつ道はカーブし、細い道に入り、別の広い車道へと繋がる。ああ、これは方向が変わっているな、とは理解したものの、さほど強い目的意識があったわけでもない。目的は脚で距離を測ることから、人々の行き交う通りの風景を楽しむことに変わっていた。
 
 いかにも都会という風の建物の間を縫って歩いていても、不意に木々の緑が目立つ区画が姿を現したりもする。広い車道から心持ち狭い坂道に入り込むと、右手を塞いでいる長い石壁に、ぽっかりと口が空いていた。覗き込むと一転、森林公園のような土の地面、急な下り階段、その曲がった先は枝葉に阻まれて見えない。なんだここは。ファンタジー世界への入り口か。勢いよく水が流れる音。
 唐突な森の出現にも、姿の見えない谷川にも余程興味を惹かれたが、折しも空は徐々に重さを増し、支えきれなくなった水滴を23つとこぼし始めてきたところだった。
 気まぐれな足に任せた結果、海まではおよそ半分くらい。グーグル先生に教えを乞うて最短距離を踏破したところで、冷えた風と雨粒を味わいながら見るスコットランドの海は、そう爽やかなものでもない。
 まあ、今度でいいか。
 どうせ家を見に行くなら、今いる住人にアポを取って一度は訪問することになるのだ。
 宿に戻るにもそれなりの時間がかかる。雨が本格的にならないことを願いつつ、来たときとは裏腹に地図を丁寧に確認しながら、意外と変化に富む古都の住宅街を抜けて帰途を急いだ。