Asahi's notebook

大麦小豆二升五銭

2018-01-01から1年間の記事一覧

屋台と冷気と暮れの賑わい

駅前ではクリスマスマーケットが、確か11月の半ばから始まっている。冬になりすぐに日が暮れるので私の気分は消極的になりがちだが、この屋台と人々の独特の活気は、暗くて冷たい冬の空の下だからこそ映える気もする。 白い息を吐きながら、定番の温めたワイ…

月曜の夜は

スコットランド北部、ハイランドにはかつて戦士たちがいたといいます。有名な民族楽器のバグパイプを演奏している、キルトを身に着けたひげ面のおじさん・・・というのは、典型的な「ハイランダー」のイメージでしょう(もっとも、イメージと史実の違いには…

住まい探し顛末

先日、エディンバラで早くも引越しを経験した。この街に腰を落ち着けてみようと決めてほんの3ヶ月と少しである。理由は簡単なことで、大家のわがままと言うほかはない。まあそれなりに起こりうることではあるらしく、「ハズレ」を引くとこういう目に遭うこ…

フェスティバル始まる

夜、自室にいると街の方から破裂音が聞こえてきた。花火だ。 窓から数百メートル先の城の方に目を向けると、夜空に鮮やかに燃える華が見えた。 スコットランドの首都、エディンバラのフリンジFringe、2018。8月3日から月末までまるまる続く、古都の盛大な祭…

家探し

現在某古都にて、住む家を探している。 どうやらイギリスでは日本のワンルームマンションのようなものはそう多くなく、留学していたときに経験したようなフラット形式が一般的なようだ。あのときの学生寮では比較的スペースに余裕のあるキッチンが付いたリビ…

4月12日

カプチーノがうまい。 エディンバラの墓地では桜が少しだけ咲いていた。青空は見えない。雨だったのだがそのときは止んでいた。 日本の雨よりはもっと気まぐれが激しい。いっとき強く降り注いだと思えば、すまし顔で元の曇り空に戻ってしまったり、一日中続…

お酒の後は

やっぱりラーメンでしょうか。 私はついつい脂っこいものが欲しくなります。京都にいるときはラーメン屋さんに不自由しなかったのですが、イギリスに深夜営業のラーメン屋はありません(あったら教えてください)。 こちらで遅くまで空いている店といえば、…

指は第二の道具

料理をするときに使う包丁。刃物だから、うまく切るためには適切な方向に動かし、力を加えてやらなければならない。食材と刃の当たる角度が悪ければ、かなり余分に力を入れても切れないこともある。空いた手で背をしっかり押さえればよいときもあれば、押す…

風景を切り取る

旅行に行くと、写真を撮ることがある。撮ることがある、というのは、撮らないときもあるということだ。 風景の中に立つ瞬間が好きだ。風が肌に触れ、視界いっぱいがその場所で、人々のざわめきがあってもなくても、その空気の密度と肌触りが何よりも鮮やかに…

List of folk sessions

・Edinburgh The Ensign Ewart Fridays 21:00 ― Sundays 21:00 ― ・York The Maltings http://www.maltings.co.uk/index.htm Tuesdays 20;00 ― The Three Legged Mare http://www.threeleggedmareyork.co.uk/ Fridays 21:00 – York Ceilidhs http://www.york…

12.

結果から言えば、私が探していたものはみつからなかった。 それが本当になかったのか、こちらのコンディションが終始低空飛行だったせいで気が付くことができなかったのかは、なんとも微妙なところではある。ただ私としてはもう済んだことなので、どちらであ…

11.先送り

私の恩人の一人に、数学者の森田真生氏がいる。 数学者の岡清が描いた世界に魅せられ、大学等の研究機関には所属せず独自の研究をされている。数学の研究成果を専門家だけでなく一般の人にも楽しんでもらえる場を作ろうと、数学の演奏会と題した講演を各地で…

10.逆向きの納得

さて、勉強が比較的多くの人にとってテストという競技のためのツールでしかないというのなら、それはそれでいい。学ぶことそのものが好きな人は勝手に楽しみ、試験で得られる肩書が必要な人はそれを手に、自分にとって大切なことに役立てればよいのだ。 ただ…

9.社会の外側を忘れたシステム

ただ結局のところ、そのような話はすべて外側の環境の問題でしかない。私にとって重要なのは、私が何を感じどのように学べるか、という一点しかないことも事実だった。私にコントロールでき得るのは、自身の側の振る舞いでしかないのだ。 だから私は、大学受…

8.本気で探れば楽しいのが当たり前

歩き方を変えることに取り組み始めた高校二年の夏から、私はみずからの動きが日々変わっていくおもしろさに夢中であり、日常のどんな動きからでもヒントを得るため、いつも身体の感覚を探ろうと試みていた。このような心理状態のときに、嫌だけれど上達のた…

7.学校の勉強

私の大学受験には長い時間がかかった。 普通なら目当ての大学に合格すれば終わりと言えるのだろうが、私が受験生のときに頭を悩ませた問題は、どう考えても個人の生き生きとした学びを邪魔しているとしか思えない受験システムと、それを否定しながらもきっぱ…

6.積み上げるより、足元を疑う

流儀や型を作った先人たちは実際の戦いの経験、もしくは身に迫った必要性からそれらを想像し工夫や研究を重ねることで法則性を見つけ出していった。そこで作られた体系・原理とは、生き残るために「考えられる限りこうせざるを得ない」という必然性に満ちた…

5.社会の内側化した技術

ここで少し武術の話に戻りたい。 武術とは、過去の人々にとっては文字通り命が懸かった、それこそ社会の外に独り放り出されて生き延びるためのギリギリの技術であった。もしくは戦場において相手を確実に殺傷するということだが、やはりここでも社会的規範は…

4.社会の外にある世界

私は大学では動物学を専攻していた。本気でその道に進んだ友人たちと比べれば遊びのようなものではあったが、卒業研究では野猿公苑のニホンザルを対象に観察を行った。 動物の群れには当然彼らなりのルールがあり、個体同士の間には親族や順位、仲の良し悪し…

3.ものさしそのものが変わるということ

新しく練習し始めた体の使い方は、それまでしっかりした良い動きの条件だと思っていた要素を、むしろ次々に否定していくものだった。腰や肩を回すなどして反動を付けることで勢いを得、接触する瞬間に筋肉に力を入れて相手にぶつける。 そんな当たり前に良し…

2.手探りの稽古

どうやれば出来るかわからないものを、ああでもないこうでもないと工夫するのは楽しいものだ。もちろん、そこには自発的な興味にもとづく探求であるという条件が付く。たとえどんなに好きなことであっても、強制されたり押し付けがましさを感じた途端に嫌気…

1.「古武術」との出会い

地元の道場で寸止め主体の糸東流空手を習っていた私が日本のより古い武術の世界に興味をもつきっかけになったのは、武術研究者の甲野善紀師の書籍を目にしたことだった。 高校二年生の夏休み初日、私は学校の図書館で武道や格闘技の本を探していた。当時は空…